両腕でクランクを回して前進させるハンドバイク。かつては戦争で下肢を失った人のための改造自転車として使われていたが、現在ではパラリンピックの正式種目として、平均時速三〇キロを超えるスピードレースも開催されている。
障害者スポーツに取り組むアスリートたちは、残された身体機能を最大限に活かし、その能力を発揮している。
その迫力は、機能を持ち合わせながらも活かしきれていない健常者の無力さをもあらわにする。
一歳の頃から下肢に麻痺を抱えている永野明は、ハンドバイクに魅了されて日本縦断を決意する。そしてその旅から、本書の編者ともなる「TE-DE(手で)マラソン実行委員会」が生まれた。
最初の走行となった「東京‐福岡縦断」では、歩調を合わせて移動するということが、永野だけでなく伴走者にとっても初めての経験であったため、両者ともに葛藤を抱え続けた。また、原爆が投下された八月六日と九日を「忘れてはいけない日」にしたいという思いではじめた「ピースラン」では、タスキを引き継ぎながら広島‐長崎間を走破した。
そして日本縦横断の旅では、坂道に苦労する高齢者の姿、東北の地で復興支援にあたる若者の覚悟を幾度となく目にした。TE-DEマラソンはこれまでに約八〇〇〇キロに及ぶ軌跡を残している。本書は、それらの記録をもとに、障害者アスリートの人生哲学に迫るものである。
永野は言う。
「走れない、一人で電車に乗れない……障害者は、“ナイナイづくし”でできないことばかりを数えてきた。しかし、できることだけを信じればいい」。
TE-DEマラソンの旅で永野が実感したことは、社会が様々な人間の集合体であること、さらに、そこで各人が持ち合わせているちぐはぐな能力や役割を組み合わせていくことの重要性であった。
では、各人各様の能力や機能をどう活かせばよいのか―それは、課題山積の日本社会そのものに向けられた問いである。
(わたなべ あつこ)
夢をかなえる 障害者アスリート: 25%の機能を100%活かす
永野 明 (著), 渡辺 敦子 (著), TE‐DEマラソン実行委員会 (編集)
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